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まち・ひと・茅ヶ崎の煌き

ルドルフ・ラチエン

ラチエン通りゆかりの人物 ドイツの実業家

ルドルフ・ラチエン
1879(明治12年)
~1947(昭和22年)

1902(明治35年)23歳の時に来日し、東京でドイツ製品の輸入業を経営したドイツの実業家。
扱い商品は、ダイムラー・ベンツの自動車、写真機械、刃物など、ドイツの優れた商品。1935(昭和10年)に皇室にベンツを御料車として2台納入。ポリドール・レコードの吹き込みスタジオをつくり、中山晋平の流行歌など、数々のレコードを普及させた。

大正時代には藤沢市鵠沼に別荘を構えていたが、1923(大正12年)の関東大震災を機に、広大な敷地を求めて茅ヶ崎に移る事となった。1932(昭和7年)頃には、茅ヶ崎の松が丘一帯に東京ドーム程の50,000m2の土地を所有した。日本人の妻朝於(アサオ)とは、ラチエン29歳、アサオ17歳の時に結婚した。祖国のように日本を愛したラチエンは、桜の木を家から海に至る道に植えるよう地域に協力をした。当時は「桜道」と呼ばれ、地域の人に親しまれていた。それがラチエン通りという名前の由来となっている。第二次世界大戦終戦1945年(昭和20年)以降、ラチエン商会にも陰りが出て来た。終戦直前の東京大空襲により、ラチエン商会の建物が焼失。夫妻は茅ヶ崎の別荘に引越して来たが、別荘本館はGHQ(連合軍最高司令官総司令部General Headquarters,the Spreme Commander for the Alied Powers)に接収されて、敷地内の小さな小屋に住むことを余儀なくされた。築き上げてきた財産も差し押さえられ、失意のうちに68歳の生涯を閉じた。

関連人物

  • 桑田佳祐(サザンオールスターズ「ラチエン通りのシスター」)
  • 宇宙飛行士土井隆雄(アサオと縁戚)

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