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まち・ひと・茅ヶ崎の煌き

城山 三郎(しろやまさぶろう)

作家 「経済小説 総会屋錦城」で直木賞 「落日燃ゆ」で吉川英治賞

城山三郎
1927(昭和2年)
~2007(平成19年)

本名は杉浦英一
名古屋市にて生まれた。名古屋商業学校を経て現在の名古屋工業大学に入学。徴兵猶予の理工系学生であるにもかかわらず、大日本帝国海軍に志願入隊したが、訓練中に終戦となった。1946(昭和21年)に一橋大学に入学、在学中に洗礼を受けた。卒業後は故郷の愛知県内で教職に就いたり、”近代批評誌”の同人に加わったりしていた。1957(昭和32年)12月から茅ヶ崎に居を構えた。愛妻容子との結婚はその一年前であったが、海に近い茅ヶ崎の住まいが気に入って、よく泳いだりもして、一生を過ごした。ペンネーム城山三郎は直前に住んでいた近くの城山八幡宮に由来している。そこに連理木と呼ばれる御神木がある。一度分かれた幹が再び連なって、さらに伸びていくという珍しい成長をした樹木であるが、容子との出会い、そして奇跡的な再会、結婚、その後の成長へと、本人の感情が重なったものと推察に難くない。

経済小説、伝記小説、歴史小説を数多く著している。「総会屋錦城」で第40回直木賞、「落日燃ゆ」で吉川英治賞、「もう、きみに頼まない石坂泰三の世界」で第44回菊池寛賞を受賞している。
代表作品【随筆】湘南海光る窓【小説】乗取り・成算あり・硫黄島に死す・価格破壊・雄気堂々・官僚たちの夏・臨3311に乗れ等多数。

2008年(平成20年)次女の井上紀子氏と新潮社により遺稿を編集して発刊された「そうか、もう君はいないのか」は2009年のテレビドラマとなった。素晴らしい愛妻家で会った。終戦から6年後、大学生だった城山三郎は、たまたま実家のある名古屋の公衆図書館の前で「本日休館」の札を見て戸惑っていた。そこに来た赤いワンピースを着た高校生が容子さんだった。城山は「天から妖精が落ちてきた」と感じた。城山の初恋だった。男女中にうるさい当時、交際は親に禁じられた。一年以上たって、デパートの秘書課に勤務していた容子さんと、市内のダンスホールで奇跡的に再会。それから3年後にやっと結ばれた。「五十億の中で、ただ一人『おい』と呼べるおまえ」と詩に書いた。次女の井上紀子さんは、「母あっての父でした。母は父の精神安定剤。おおらかな母が不器用な父を優しく包み込んだ。お互いに脅かしっこするなど、晩年までふたりは少年と少女のままでした。」と回想している。愛妻容子さんの逝去は西暦2000年、城山三郎の逝去の6年前、4歳年上の夫として、まさか容子が先に逝くなど思いもしなかった。

関連団体

  • 城山三郎湘南の会

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