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まち・ひと・茅ヶ崎の煌き

山田 耕筰(やまだこうさく)

作曲家 童謡「赤とんぼ」文化勲章受賞

山田耕筰
1886(明治19年)
~1965(昭和40年)

東京の本郷(文京区)生まれ。姉の夫エドワード・ガントレットから洋楽の影響を受けた。
明治41年東京音楽学校(現東京芸術大学)卒業。三菱財閥岩崎小弥太男爵の援助を受けドイツベルリン音楽学校(現ベルリン芸術大学)作曲科に3年間留学。
日本人初の交響曲を作曲したり、日本初の交響楽団「東京フィルハーモニー会」を結成。日本での本格的な西洋音楽の導入に努めた。日本でのオペラの上演や常設オーケストラの設立に大きな功績を残した。昭和31年文化勲章。歌曲、童謡、オペラ、交響曲、映画音楽、校歌、市歌、社歌等多数作曲。

父は板倉藩(福島県)の御殿医、キリスト教伝道者。母は同藩馬術指南役の娘という良家に生まれた。しかし、明治維新後は禄を失って耕筰は苦学を強いられた。山田耕筰の生涯は波乱万丈であったが、日本にとって偉大な音楽家となった。「晴朗な湘南茅ヶ崎の大気」と本人が回顧している。茅ヶ崎には大正15年40才から6年間居住した。
心に精気漲り、作曲意欲が高揚し、多くの名曲が茅ヶ崎で生まれた。この時に作曲した代表作が三木露風作詞の童謡”赤とんぼ”である。昭和2年1月29日と自筆の楽譜に記されている。

茅ヶ崎市南湖の居にて、山田耕筰の手記
「晴朗な湘南茅ヶ崎の大気その晴朗な大気と愛児らの素純。それこそは私の胸底に徒らなる永き眠りを強いられていた「歌」に朗かな暁の光を点じたのであります。」
わずか数ヶ月で、赤とんぼ、この道、砂山、すかんぽの咲く頃、あわて床屋等、童謡百曲を作曲した。昭和2年には童謡百曲集が出版された。

代表作
赤とんぼ・夕焼雲(三木露風作詞)
からたちの花・この道・砂山・ペチカ・待ちぼうけ・あわて床屋(北原白秋作詞)
兎のダンス(野口雨情作詞)

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