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まち・ひと・茅ヶ崎の煌き

原 安三郎(はらやすさぶろう)

大正・昭和期  長寿の実業家 日本化薬会長

原安三郎
1884(明治17年)
~1982(昭和57年)

会社更生の名医 高砂緑地に別荘
徳島県徳島市出身  明治42年 早稲田大学商科卒
大正5年 日本火薬製造株式会社(昭和18年民間爆薬製造会社日本火薬製造が帝国染料製造と山川製薬を吸収合併、火薬、染料、医薬という3事業を核に社名が日本化薬株式会社となる)入社、昭和10年社長に就任、47年会長に就任するまでの38年間社長在任は記録的。その後、東洋火災海上保険株式会社(のちのセコム損害保険)初代会長。日本化学工業協会会長、政府税制調査会会長、経団連税制委員会委員長などを務め、日本財界の重鎮として活躍。多くの経営不振の会社を再建、「会社更生の名医」と賞された。原安三郎の名言「会社を再建するときは人情に溺れていては駄目」
3歳の時、関節炎を発症、右腕と左脚に障害が残る。障害を理由に中学で退学処分、三井物産に入社の話も障害を理由に断られる。
勲一等瑞宝章,勲一等旭日大綬章を受賞。

歌川広重、葛飾北斎の浮世絵などの「原安三郎コレクション」は有名。

大正8年 「高砂緑地」に構えた明治の新劇俳優川上音二郎の別荘を含むこの地域一帯を原安三郎氏が購入、昭和6年 南欧風の洋館を建て、廻遊式の日本庭園を造り「松籟荘」と名付ける。「旧原別荘」とも言われる。現在、建物は老朽化して取壊されたが、玄関前庭と塀が一部残っている。残された塀に沿って階段を上ると市立美術館がある。また、別荘地として栄えた湘南のイメージを表現するため、松籟荘の特徴的な部分を集め一部を復元、神奈川県藤沢土木事務所汐見台庁舎のなぎさギャラリーに移築。
昭和59年 茅ヶ崎市が敷地を購入、平成元年、岩田孝八氏(「長崎屋」の創設者)の母上が亡くなられた際に、末永く茅ヶ崎に残る有形物をと1億円を市に寄贈。平成3年 茶室と書院を建設、「松籟庵」と名付ける。松籟とは、松の間を吹き抜ける風の意味。

関連人物

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※高砂緑地の変遷
川上音二郎・貞奴の別荘→原安三郎の別荘→茅ヶ崎市美術館と松籟庵

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