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まち・ひと・茅ヶ崎の煌き

大岡越前守忠相(おおおかただすけ)

江戸南町奉行

大岡越前守忠相
1677(延宝5年)
~1751(宝暦元年)

旗本の家に生まれる。活躍した年代は、徳川八代将軍吉宗(1684年~1751年)と重なる。大岡忠相が没したのは吉宗より半年後であった。
出生地は江戸、後年1万石の大名となり西大平藩(現在の愛知県岡崎市)初代藩主となった。この時代の所領は相模国高座郡大曲村(現在の寒川町大曲)のほか、関東各地に分散していた。大岡家の歴代藩主の墓は本貫地(現在でいう本籍地)茅ヶ崎市北部の堤4317番地浄見寺にある。

1701年、忠相34才の時に赤穂浪士の討ち入りがあった。この時、忠相は五代将軍綱吉時代で旗本無役であったため、関与はしていなかった。1702年に書院番、1703年に元禄大地震に伴う復旧普請のために仮奉行の一人となった。1708年に目付、第六代将軍家宣の時に山田奉行(伊勢奉行)として伊勢と松坂の境界を巡る訴訟で実績を残した。第七代家継将軍時代に普請奉行となり、江戸の土木工事や屋敷割を指揮した。1716年に第八代将軍として吉宗が就任。1717年に江戸町奉行(南町奉行)となった。1717年、江戸の大火の後に大名火消を設けた。1720年、江戸町火消「いろは組」を設けた。これが現在の全国消防組織の始まりとなった。

江戸町奉行の仕事は今の東京都庁、警視庁、検察庁、裁判所、消防庁をすべてひっくるめた様なもので、江戸の行政および治安、司法を一手に握っていた。北町奉行遠山の金さん(遠山影元)(1793年~1855年)は大岡越前守の100年後のことである。

大岡越前守の功績は、「目安箱を置いて庶民の要求や不満の情報を収集してこれを生かした。」「小石川療養所を開設し、困窮者の治療に尽力した。」「橋の修理や大八車などの交通安全施策を講じた。」「通貨の安定、米価や物価が安定するため施策を講じた。」「賭博や私娼の取り締まりを強化し、治安施策を講じた。」「武蔵野新田の開発をしたり、飢饉対策としてサツマイモの栽培を助成した。」等数多い。
将軍吉宗の側近として享保の改革を推し勧め、倹約と増税、産業育成にも大いに手腕を発揮した。江戸町奉行として、数々の裁きを行ったが、理性の中に人情深い裁定を下し、名奉行とうたわれた。

後世になって多くの映画、舞台、テレビ等でドラマ化され、高い人気を博している。1970(昭和45年)のテレビドラマ(ナショナル劇場)制作総指揮を松下幸之助、主役に加藤剛、1999(平成11年)の最終回まで約30年間、全403話で国民的人気を博した。加藤剛の他に、北大路欣也、東山紀之等が役に扮している。

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